2020年12月6日日曜日

意識の所在

 朝の目覚めの半覚醒の状態での

意識の展開はとても興味深い


ただ、大切に扱わないと

掌の一片の雪のように

アッという間に消えてしまう

ーーー

今朝は

気になっていることを確認しようと

書棚から本を取り出してみた

 

パラパラめくって眺めては

次の想いが湧いてくる

 

そこから派生して

また本を取り出して・・・

と繰り返してたら

収拾がつかなくなって。。。時間切れ

 

気になったところを連鎖的に確認していったら、

机上に本が溢れてしまっただけなんだけど 

とりあえず、書棚に戻す前に並べてみた

 

ああ、こんなつながりでグルグルしてるんだなぁ

と何となく意識の所在は確認できたかな

 

同時に、本の読み方に迷いを感じている自分自身も見えてきた気がする

暖かく目覚めることのできる幸せ

師走の朝の眼ざめ

暖かく目覚めることができる幸せ

安心して眠れることのありがたさ


半覚醒の意識の中で、太古の原始生活の頃のイメージが広がる。


洞穴の入口に、木や大きな草を立てかけて、防風防寒防暑に使っている

しかし、虫が入ってくる。


ノコギリなどがなかった時代

石で叩き切ったり、火で焼き切ったりしながら、一本の丸太を整える

切り口を、地面などに擦り付けて、丸みをつけて整える

更には、河原で火を起こして、表面を焼いて防虫効果を高めたり、と工夫

表面を焼いた木を並べて防虫に使う


そんな工夫をしても、時には獣が狙ってくることもある

夜寝る時も、手元に丈夫な槍を置いて備える

安心して寝ることはできなかっただろうなぁ。


2020年12月5日土曜日

統合された自己(Oneness)による宇宙認知 

朝の半覚醒の意識の中で・・・


生まれた赤ちゃんの自他未分化の意識からスタートして

自他の認識から、自他分離がどんどん進む。

やがて、自己を受容できるようになるにつれ、

他者を受け入れられるようになる。

自己の価値観にとらわれず、

多様なあり方を受け入れられるようになり、

統合されていく


螺旋を描きながら意識が発達していく形は

生まれたての自他未分化が南極とすれば

統合されたところが北極

地球のように球形になっている


人と人、人と自然、人と宇宙・・・

すべてが一体となった一つの存在。。。

そう感じながら、視点を地球の上空に移した


その途端に

地球―太陽系-銀河系―・・・とすごいスピードで引きのアングルで小さくなっていく

その先に、宇宙が自分自身の中にあることを感じる


大きさや距離を数値で表すことに意味がない。

相互に干渉し合えないスケールでの入れ子ループがある。

大きさは存在しない。


「フラクタル」であることから、

定められた基本ルールに基づいて、

意図を持って設計してプログラムされているように感じる


その根底にあるのは愛(慈悲)と意識のエネルギー

意識・思念が実体であると感じる


理性で考えるものではない

統合された意識の中で感じるもの


インテグラル理論で示される第1層の意識世界において

この次元における宇宙の広がりは、アクセスできない無用の長物のように感じていた

しかし、第2層以上の彼我の区別の無い統合された意識状態においては

貴重なフラクタルの教材でもあると思った

ブッダの宇宙の智慧は、こうして体得されたものなのだろうか。。。



2020年11月13日金曜日

「幸せ」を考える

 「幸せ」を考える


【友人の投稿の先にあった問い】

「Q.いま、どのくらい幸せを感じていますか?それはなぜだと思いますか?またはどうなったら幸せを感じられると思いますか?」


思いがけず、良い問いをもらった!

せっかくなので、「幸せ」に向き合わせてもらった(^^)


【そのときの私の回答】

4点/5点満点 十分に幸せだと感じるけど、まだ探究中だから。


どうなったら幸せを感じられるか…思い付くままに・・・


●小さなことにも、ありがたいと思えること

 例えば、食べる時:野菜や果物は、植物のカラダ自体だったり、次の世代を生み出す種子だったりする。ご飯やパン、麺類は、イネや麦の「種」。卵もそう。肉は、動物の体そのもの。私の食=命のために、命を提供してもらっていることへのありがたさ。

だからこそ、大切にしたい、必要以上には摂らないという気持ちにもつながる。


●自分の人生すべてが幸せだったと整理がついていること

 どんな出来事にも良い面と悪い面があるけれど、悪い面に捉われて良い面を見ていないことが多い。

 例えば、人間関係での苦しみが、自分自身の内面を見つめる力を育み、苦しんでいる人への共感ができるようになった、などその時はネガティブな出来事に思えても、あとから振り返ると価値ある体験だったことは少なくない。人生の苦しみや悲しみをふりかえって、そこから生まれたポジティブない意味付けができると、人生を生きやすくなる。


●自分が置かれている環境全体への関心、時間・空間的な広いつながりを意識できること

 空の青さ、雲の流れ、雨の日の静かな空気感、路傍の草や花、木々の緑、業務前に道路を掃除している方々の姿、子どもたちのために横断歩道に立つシニアの方々・・・そこにある美しさや感動、思いやりの気持ち等を感じることのできる感性と育むこと。幸せを感じる種は至るところにちりばめられている。


●感情が揺り動かされる出来事は、自分自身を知り、成長させる契機だと気づくこと

 家族や親族とのつながり、これまで関わった方々との様々なつながり、その中で起きた感情が動かされる様々な出来事の一つ一つが自分自身を形成してきたことを認識すること。

すべてが凝縮された「私」は、私一人では創れなかった。

その時々に上手く受け止められずにいたことがあっても、いまの「私」は受け止め直すこともできる。



問われると、いろいろと出てくるのがおもしろい。

もっといろいろと出てきそう。。。


2020年10月15日木曜日

起こることは必要なこと

 いいことも、悪いことも、わたしにとって必要なことが起こる

良い・悪いということ自体が、自分目線の判断に過ぎない

そう捉えてきた


それはなぜか

起こることによって、自分では気づけなかったことに気づくことができる

良い・悪いという判断を通じて

自分の中に眠っていた無自覚な自分自身の判断基準や価値観に気づくことができる

無自覚の世界から引き出して、自覚的に扱うことができるようになる

修正することも、維持することもやり易くなる


無自覚の世界に蓄積されていることは

それまでの体験に積み重ねられた膨大なもの

すべてを自覚的に取り扱うことはできない

無自覚に動けるまでに自分の中に浸透しているからこそ

日常生活が成り立っている


普段は無自覚で構わないが、

時として、それが次のステージへの妨げになることもある


それまでの無自覚の常識で生きていくことが限界に突き当たった時に

現実世界での「問題」が起こる

無自覚な自分自身の判断基準や価値観を修正した方がいいよ、

という無言のメッセージと共に


苦しみや葛藤などを生じる「問題」に直面した時にこそ

向き合うチャンスだ!

同時に、分岐路に立つことになる


相手が悪い、環境のせいだ、と自分以外の世界に意識を向ける

自分の中で何が起きているのだろう、と自分の内面に意識を向ける


どちらに進むかによって、その後の展開は大きく異なる


前者の道を進めば、怒りや憎しみ、悲しみや孤独感などが大きくなっていく

同調してくれる仲間を求め、それが満たされると一時的に落ち着く

しかし、不思議なことに、時と登場人物を違えて、再度同じような状況が再現される

そして、また分岐路に立つ


後者の道を進めば、まずは自分の中に起こっている感情を静かに眺めるところから入ることが多いようだ。

どうして自分はイライラするのだろうか、なぜ怒りを感じるのだろうか

自分が正しい、こうしたいと思っていることはどんなことだろうか

相手は、どうしてあのような態度を取るのだろうか

相手の立場の事情や感情を味わってみる

そこに違いを感じ、自分自身の捉え方、考え方の他にも捉え方があることを実感する

そして、自分の捉え方にこだわっていることが、「問題」や不快な思いの源にあることに至る

普段は無自覚な自分の捉え方を意識するところに至る


それを柔軟に、変更・修正などアップデートできれば、先に進むことができるが、

向き合うことを放棄すると、前者の道に合流する


この辺りは、また別の機会に!




2020年9月30日水曜日

意識の世界で「巡る」


呼吸をするときに、大地のエネルギーを地球の中心から、天のエネルギーを宇宙の中心からいただいて、体内の丹田で融合させ、五体を巡らせて、呼気と共にお返ししていく。

人を中心に、天と地の統合のエネルギーを紡いで返していく。

日本神話的に考えると、大地のエネルギーは国津神、天のエネルギーは天津神。

それらが一つとなって新たな世界を生み出していく。統合の時代。


 以前は、「母なる大地」のイメージからか、大地のエネルギーは女性神だと考えていた。

しかし、いつのころからか、地球の中心に意識を向けていくようになって、自分で感じることを大事にするようになっていくと、男性的な力強い大きな意志のエネルギーを感じて、意識が切り替わった。


意識の世界で、太陽の中に入っていくと、とても大きな扉があって、はじめの頃は、中に入れてもらえなかった。それが、いつのころからか、中に入れるようになると、そこには大きなテーブルがあって、太陽を中心に12の惑星が集う場になっていた。


噴火が懸念される大きな火山の火口から中に入っていくと、大地の下に白いプレートが広がっていた。これ以上入ってくるな、と言われているようだった。

その下にはマグマの集まった膨らみが、何か所かみられる。

爆発しないように、流れを整えていきたいのだけれど、その大地に住む人間の意識に左右されるようだ。感謝の念を送りつつも、人の意識レベルの成長が求められていることを感じる。


大地の上の国々に意識を巡らせる。

日本を中心に環太平洋のモンゴロイドの国々から。前文明以降苦労してきた歴史を感じる。

南アジアから中東、アフリカへ。虐げられてきた苦しみを感じる。

ヨーロッパの国々からロシアへ。駆け引きと狡猾さの裏に、悲しみを感じる。

アラスカを経由して北米。中米から南米へ。

最後に、中国と朝鮮半島。

どこも幸せな感覚はしない。

自分を守るために、お互いに傷つけあっているため、不幸の負の連鎖が起きている。

それぞれの行動論理の下に、悲しみ・苦しみに裏付けられた経験が透けて見える。

本来は成長のために与えられた環境での経験だったにもかかわらず、受け止め方が歪んでしまって、蓄積されてきた。

この修正が必要なのかもしれない。

無自覚・無意識に行っている受け止め方、捉え方は、実は自分で選択できることを自覚・意識してみるところから取り組み始めるのが良いのかもしれない。

2020年6月19日金曜日

「ありがとう」からの広がり

自らの歩みを振り返ってみると
「ありがとう」
を使えるようになって、
意識の広がりが急速に大きくなった

ハワイの「ホ・オポノポノ」
小林正観さんの「ありがとう」

10年以上前になるが、
書籍を通じてこの2つに出会い
実践の取り組みをしていく中で
自分の中に定着していった

山や森などの自然の中を散策することが好きなのだが
見知らぬ土地や人気のない時間帯に訪れると
怖いと感じることも少なくない

畏怖の念に近い感覚かもしれない

そんな時は、
ご縁があって
その場に訪れさせていただいたことに
「ありがとうございます」
と繰り返し心の中で呟きながら歩く

人が自然を荒らしたことがあったかもしれない
人間同士のいざこざがあったかもしれない
そんな歴史も空間も含めて
その場を整えること

いろいろあったかもしれないけど
いまは静寂で
そして
私を迎え入れていただいていることへ
「ありがとうございます」

地球の大元とつながって
豊かなエネルギーが満ち溢れているような
イメージを広げみる

次第に
その場が私を受け入れてくれる

ありがとう!

草木の一つ一つが輝いて見える
語り掛けると、返してくれるような感覚
この場に来れて良かった!

ありがとう

その地、その場に「ありがとう」
大地に「ありがとう」
地球に「ありがとう」

宇宙空間で地球を抱くような気持ちで「ありがとう」

太陽に「ありがとう」
太陽を抱くように「ありがとう」

太陽は
とても大きなあたたかいエネルギー
宇宙の愛のエネルギーを象徴しているように感じる

地球の中心に持ってきてみた
地球の核に大きな愛のエネルギーが広がる

新しい地球
愛のエネルギーに満ちた地球
これが新しい時代の地球なんだ!

変わっていくね!
どうして今まで、こうだったんだろう?

愛のエネルギーで回る地球を味わいたい!
どんな世界になるのだろう
とても楽しみ、ワクワク














2020年6月15日月曜日

心、カラダ、意識

心の声に従う

これがなかなか難しい。。。

心に喜びをつくる
喜び?
う~ん、満たされた感覚、繋がっている感覚かな。

●自分のカラダ編
1つ1つのパーツや細胞に
ありがとうと伝える

ちょっと鳥肌が立つ時のような
じーんと、した感覚

丁寧にカラダを巡って、感謝を伝える
スキャンしていくような、ミクロな存在になって巡っていくような・・・

感謝を伝えながら、掌でなでていく

鳥肌が立つ仕組みを調べてみると、
ドーパミンなどによって立毛筋が動く
ことによるようだ。
詳しく調べてないけど・・・

音楽や映画などでも同様のことが起こるという。

●呼吸編①
息を吸うときにカラダのある部分に意識を向けて
意識した部分が緩むイメージで、息を吐く
これを順番に、足の先から頭の先まで行う

カラダの内外をすべて緩めることで
半覚醒の状態になりやすい

●呼吸編②
足の裏を大地(床)につけ、足の裏の全面を感じる
しっかり大地とつながっている感覚

息を吸うときに、地球の中心から大地のエネルギーが体内に上がってくる感覚
息を吐くときに、そのエネルギーが体の隅々まで行きわたる感覚

●呼吸編③
カラダが十分に緩んだ状態で
頭の頂からつながった糸で、体全体が天からつるされている感覚
背筋が伸びて、顎を引いたような状態で、耳が鎖骨の上にある

息を吸うときに、天から宇宙ののエネルギーが体内に上がってくる感覚
息を吐くときに、そのエネルギーが体の隅々まで行きわたる感覚


●地球の中心
つながる →至る→抱いて感謝を伝える
→そこから地球全体に感謝を伝える
ぞくぞくっとしてくる
地球全体を外から包み込んで、感謝を伝える

●宇宙編
意識を地球の外までもっていく
地球を眺めている
そこから一気に宇宙の中心に
力を抜いて、仰向けにプカプカ浮いてみる
宇宙を感じながら、感謝を伝える

●太陽編
太陽にいく
ロビーに大きな扉
扉の中には、大きなテーブルに12の惑星に着いている
イエスの最後の晩餐のような

●はじめの一歩:基本は「ありがとう」
どこに行っても通じる万能なことば
これを身に着けることで、どこにでも行けるようになった
怖れがなくなった

人にも様々な物質にも、目に見えないものにも
しっかり向き合って、感謝を伝える
宇宙の基本

●基本のフレーム
時間と空間(大きさ)を外してみる

●統合編
私が宇宙
自分の中に宇宙がある
自分の中にミクロな自分がいる
すべては一つ
分かたれた意識の塊があるだけ
それも全体に戻っていく
また分離する
それでも常に根底では繋がっている

●人生に戻る
所有する物質の増減はあまり意味がない
体験こそが貴重な財産、味わう

学びというより
意識のつながりを広げていく
楽しくスリリングなゲーム

人生の捉え方は人それぞれ
楽しみ方もまちまち
だから、他人の評価や判断を機にすることはあまり意味がない

しかし、自分が
他人を評価判断しないことを
意識して実践して
初めてその意味が分かる




2020年4月16日木曜日

表現への渇望と理解されること

NHK ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」を観た

新しい知識や知見を得て、
それに刺激されて、
自分の中に新たなアイデアが生まれると
言葉にして発信したくなる

そして、ブログやSNSなどにアップして
閲覧していただいた方の数や反応を見ると
とても心が動かされる

予想以上に反響があった時
予想に反して反応がなかった時
批判的なコメントがあった時
自分が伝えたいことと異なる捉え方をされた時

自分の意識は、大きく引きずられてしまう
閲覧者の反応という現象面に捉われてしまう

ゴッホは偉大だった

多くの芸術家が、
生前は評価されることなく
いや、むしろ否定される中で
活動を継続していた

うちから湧き出でる衝動をエネルギーとして

他人から理解されることよりも
自らの内なる表現への渇望が勝った

新しいことは、すぐには理解されない
これまでになかったことだから

理解されることは、迎合することでもある

その狭間で、
多くの芸術家・文筆家・科学者などが
苦しんできた

と、同時に、
その狭間に橋を掛ける存在がいたから
後世に残った面もある

さあ、私はどんな道を選ぶのだろうか

2020年4月12日日曜日

意識と無意識の狭間

意識と無意識の狭間ーーふと湧いてくる思いを大切にするーー

散歩しているとき、
お風呂に入っているとき、
キッチンで皿を洗っているとき
自分でも気づかないうちに、頭の中でいろんな思いが巡っている

人間関係がうまくってない時は、
そのことがグルグルと浮かんできたり、考えたりしている

嬉しいことが浮かんでくると、
思い出して、思わずニタニタと笑みがこぼれる

そこには、自分自身が
 気になること
 心配なこと
 執着していること
 囚われていること など
様々な 心の中の風景が現れてくる。

また、同時に、
どんな取り組みを望んでいるのか、
自分自身の深い思が見えやすくなり、
その取り組みのヒントも 一緒に出てくる。
ありがたい!

そして、ふと我に返ると
あれ、いま何を考えていたんだっけ???
夢を見ていたかのように、
すーっと消えていく。

この知恵を、
自分の中から取り出すためには、
身体を緩めることが必要。

というか、自然と身体が緩んでいる時に
起こる気がする
瞑想の時と同じように。

心を静めて、半覚醒の状態の時に、
意識に上がってくる。
浮きあがってくる。
顔を出す。
といった方がピッタリかもしれない。

それは、自分自身の心と体の健康にとっても
大切なひと時でもある。

禅宗の坐禅は、
体を休め、睡眠不足を補う上でも、
とても意味のある行為だったのではないか
と感じることがある。

一方で、
無自覚に外部の思念に大きな影響を受けてしまうリスクもありそうなので、
 よくよく気をつけないといけないようにも思う。

2018年9月5日水曜日

ラーニング・ピラミッド、学習定着率の数値根拠がない!?

アクティブ・ラーニングの理由づけにも活用されている「ラーニング・ピラミッド」

講義や映像などの視聴覚による学習よりも、体験型の取り組みの方が学習定着効果が高いことの説明に使われることが多いが、どうやら実証的なデータに基づくものではないそうだ。
とりわけ、インパクトがある学習定着率の数値に根拠がないとなると、利用する際には、その旨の説明を行うか、利用を控えるかが必要になるだろう。

2017年、学習指導要領案から「アクティブ・ラーニング」という言葉が外れたことの背景に、関係しているのかもしれない。

「ラーニングピラミッドの誤謬」という論文が興味深い
https://kojitsuchiya.wordpress.com/fallacyoflearningpyramid/
https://www.ic.nanzan-u.ac.jp/NINKAN/kanko/pdf/bulletin17/02-03.pdf

世間の「常識」は、正しいとは限らない。

矛盾した潜在意識/苦しみや悲しみに寄り添う

 つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。 今朝は朝から天気が良かったので、大きな神社まで約3Kmの早朝散歩。 歩きながら、そして立ち止まって、いろいろなことに想いが巡った。 ●矛盾した前提を抱える「私」 自分の中にある暗黙の前提に意識を向けてみると、いろ...