いいことも、悪いことも、わたしにとって必要なことが起こる
良い・悪いということ自体が、自分目線の判断に過ぎない
そう捉えてきた
それはなぜか
起こることによって、自分では気づけなかったことに気づくことができる
良い・悪いという判断を通じて
自分の中に眠っていた無自覚な自分自身の判断基準や価値観に気づくことができる
無自覚の世界から引き出して、自覚的に扱うことができるようになる
修正することも、維持することもやり易くなる
無自覚の世界に蓄積されていることは
それまでの体験に積み重ねられた膨大なもの
すべてを自覚的に取り扱うことはできない
無自覚に動けるまでに自分の中に浸透しているからこそ
日常生活が成り立っている
普段は無自覚で構わないが、
時として、それが次のステージへの妨げになることもある
それまでの無自覚の常識で生きていくことが限界に突き当たった時に
現実世界での「問題」が起こる
無自覚な自分自身の判断基準や価値観を修正した方がいいよ、
という無言のメッセージと共に
苦しみや葛藤などを生じる「問題」に直面した時にこそ
向き合うチャンスだ!
同時に、分岐路に立つことになる
相手が悪い、環境のせいだ、と自分以外の世界に意識を向ける
自分の中で何が起きているのだろう、と自分の内面に意識を向ける
どちらに進むかによって、その後の展開は大きく異なる
前者の道を進めば、怒りや憎しみ、悲しみや孤独感などが大きくなっていく
同調してくれる仲間を求め、それが満たされると一時的に落ち着く
しかし、不思議なことに、時と登場人物を違えて、再度同じような状況が再現される
そして、また分岐路に立つ
後者の道を進めば、まずは自分の中に起こっている感情を静かに眺めるところから入ることが多いようだ。
どうして自分はイライラするのだろうか、なぜ怒りを感じるのだろうか
自分が正しい、こうしたいと思っていることはどんなことだろうか
相手は、どうしてあのような態度を取るのだろうか
相手の立場の事情や感情を味わってみる
そこに違いを感じ、自分自身の捉え方、考え方の他にも捉え方があることを実感する
そして、自分の捉え方にこだわっていることが、「問題」や不快な思いの源にあることに至る
普段は無自覚な自分の捉え方を意識するところに至る
それを柔軟に、変更・修正などアップデートできれば、先に進むことができるが、
向き合うことを放棄すると、前者の道に合流する
この辺りは、また別の機会に!
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