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2020年12月7日月曜日

すでに完全である


朝の眼ざめの半覚醒の中で

統合された意識の世界において、そこから広がる感覚を求めている


「無境界」(ケン・ウィルバー)を見てみよう!

そういう思いが出てきたので、起き上がって、本を手に取る


第10章 究極の意識の状態

「すでに完全である」ここにあった!

言葉で説明しようと試みているようなもどかしさを感じる文面

しかし、その状態での味わう感覚は、自身が体験してみないと分からない

意識してから、体験してから読むと分かるが、

そうでなければ、難解で理解できない文章に映るだろう


ヒンズー教のラナマ・マハルシがここに登場するとは思いもしなかった


すべては完全である。

悟りに修行の必要もない

しかし、そのままでは変われない逆説的な状態


何にフォーカスするかの違いでしかないのかも。

タイプ分け、段階と呼んでいるのも、

意識をフォーカスする対象の違いにすぎないのかもしれない


お金や日々の生活に意識をフォーカスすれば、
そこを軸にした人生になる

更には、無自覚な「不足している」渇望がベースにあれば、
それが実現した人生になる

自覚・無自覚に関係なく、フォーカスされた意識の対象が自分の人生を形づくる


フォーカスする対象を切り替える機会を共に持つことで、
人生の質の転換を図ることを支援できるかも


世にいう「フォーカシング」とは、そういう取り組みなのだろうか
少し調べてみたい


矛盾した潜在意識/苦しみや悲しみに寄り添う

 つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。 今朝は朝から天気が良かったので、大きな神社まで約3Kmの早朝散歩。 歩きながら、そして立ち止まって、いろいろなことに想いが巡った。 ●矛盾した前提を抱える「私」 自分の中にある暗黙の前提に意識を向けてみると、いろ...