2022年5月27日金曜日

醜い自分だからこそ

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

心の奥には、自分の欲望しかない

心から、人のために、という想いが湧いてくるわけではない


もし、自我が崩壊したら、

我よしの醜い言動ばかりになるだろう


醜い自分だからこそ、

「明日はヒノキになろう」と

「あすなろ」の精神で

心の清らかな自分を目指そう


魂だけの存在になった時に

少しでも他者のために思いやりを持てるように

心穏やかに、優しくいることができるように


他のためにあることによって、

自分も他者もともに喜べる体験を

魂に刻んでいこう


理屈が分からないと

やる気も意志も出てこない自分だから


理屈が分かっても

怠けてしまう自分だから


やがてボケた時に

それでも

他のために働きかけることのできる姿を

イメージしながら

魂に刻んでいこう


心のパターンを整えよう!

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。


仕事の締め切りが徐々に迫り、焦りがある。

焦りがあるから進まないし、向き合えない。


他にもやった方が良いことがいろいろあるけど、

優先順位を考えると、締切のある仕事から意識を切れない。


でも、向き合えないので、気分転換に逃げる。

時間が失われていく。

自己嫌悪。


その繰り返しで、何も進まない。

このパターンで、どんどん追いつめられる。



こういうときこそ、内面に意識を向けよう。

身体の力を抜いて、身体を感じよう!


こういうときこそ、規則正しい生活をしよう。

睡眠時間をしっかりとろう。


体調がいいのは、いつまでも続くわけではない。

波があるので、いい時もあれば悪い時もある。


ホントに追い込まないといけない時に、

多少の無理がきくように、

健康管理はとても大切。


心に意識を向けてみよう。

時には瞑想してみよう。


穏やかな心で、バランスよく

締切のある仕事に向き合える心のパターンを整えよう。

不安と恐怖と焦りからは

ポジティブな結果は生まれない。


2022年5月20日金曜日

目覚めよう

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます

無自覚に生きると

無自覚に

同じ思考のパターンを

同じ言動のパターンを

くりかえす


いつの間にか

絡めとられている


成長のないそのループの中で

時間だけが過ぎ去っていく


まるで眠っているかのように


今生の人生の時間が

両手の掌から

零れ落ちていく


内省の時間を持とう

繰り返す自分自身の言動のパターンに気づくために

それを支える思考のパターンに気づくために

それを生み出す心の状態に気づくために


目覚めよう

自分の心の状態に意識を向けよう


乾いた心の状態が満たされるために、

刹那に求める思考と言動に

意識を向けよう


人生の歩みを深めるヒントは

常に生まれ続けている


そのチャンスに気づかずに

どれだけ無視してスルーし続けているのか


もったいないほどのチャンスを

無駄に続けているのか


目覚めよう

心の動きに意識を向けよう


今生の人生で

自分自身の可能性を

かたち作っていくために


はかないホログラムのような人生であっても

その中での体験から

有意なものを創るために


繰り返すパターンに意識を向ける

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。


地球の中心で「ありがとう」を叫びたいと願うが、

地球の中心との情のつながりが薄い。

地球を外から抱いて「ありがとう」を伝えたいと願うが、

地球との気持ちの距離が遠い。


形だけでも四方拝を守ろうと続けてきたが、

ホントに形だけになって、

心のつながりが薄くなっている。

一方で、その形が残っているからこそ、

また戻ってこれる可能性がある。


自分の心の中の疚(やま)しさが

積み重なっているのか


深く感謝することをしてこなかったために、

感謝の想いが流れる溝に泥が詰まってしまったのか


「感謝」の情の流れがとても細くなっている

知で考えて判断している


「ありがとう」「ありがたい」「ありがとうございます」と

心の底から打ち震えるような感覚が弱くなっている


日常のささやかなことにも

「ありがたい」と感じる感性が、

幸せな生き方をもたらすとすれば

このところの生き様は、

幸せではないのかもしれない


もう一度、

敏感な「ありがとう」の感覚の中で生きる「わたし」を

取り戻したい


このように考えて、取り組もうと思えるのも

四方拝という形の継続があったから


過去の感覚を取り戻すのではない

過去の状態を判断基準にして、

いまの「わたし」を推し量るのではない


新たな「わたし」を創るのだ

と、心の声は静かに語りかけてくれている


ありがとう!


2022年4月12日火曜日

「耳順」ー心の声に耳を傾けるー

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。


日々目の前の「やるべきこと」「やりたいこと」に

忙殺されて、

考えることをやめてしまっている


「やりたいこと」というと聞こえはいいが

要は、

おいしもの、楽しいことなど

目先の刺激を求める「逃げ」に過ぎない


何から逃げているのか

・考えること

・自分の内面に向き合うこと

・心の声に耳を傾けること


逃げることで何が起こるか

・時間が失われていく

・機会が失われていく


自分自身のために整えられた環境を

自ら足蹴にしているようなものだ


そして年を重ね

思うように身体が動かなくなり

様々なしがらみが絡み合い

本当にやるべきことができなくなっていく


少しずつでも

心の声に耳を傾けて

それに従ってみよう


2022年4月7日木曜日

今生の時間、繰り返すこと

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

自分の心の中にある声に、耳を傾ける。

そこには、たくさんの智慧がある。

たくさんのつながりがある。

たくさんの応援してくれる存在がある。

 

そこに意識を向けると

なんだか温かい気持ちにある

いつも見守ってもらっているのがありがたく、

胸の内に、感謝の想いが広がっていく

 

心の声に耳を傾けることを妨げるもの

昔はテレビ、いまはスマホやPC

刹那的な刺激を与えて

心の声を聴かせないように振る舞っているかのようだ

 

心の声に耳を傾けるのも

それを妨げるのも

表層意識の影響が大きい

 

表層意識は

欲望に影響を受ける

 

思うようにいかないとき

ストレスを感じるとき

退屈さを感じるとき

自分の価値を見出せないとき

・・・・

目の前の代替の刺激で紛らわせようとする

手軽に目の前にあるもの

食べ物だったり、テレビだったり、スマホだったり

 

本当はそんなときこそ、

自分の心の声に耳を傾けて

そうしたみたされない想いに向き合うために

起きている事象

 

それを目先の代替の刺激で紛らわせて

向き合うことをしないから

何度でも同じことが繰り返される

 

いや、繰り返しチャンスをもらっている

しっかりと向き合うまで。

そこに、「私」への愛を感じる。

 

限られた今生の時間

逃げて繰り返すよりも、

しっかりと向き合って、

その先に展開する世界を見てみたい

 

私は今生で、

どのような体験の広がりを

味わうことができるのだろうか


#心の声,#繰り返し




2022年4月5日火曜日

新しい社会への世界の流れ

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

4月を迎え、
近くの氏神社に月詣りをして、
新たなひと月をスタート。

3月下旬から新月の期間を意識していたが、
妙にストレスになっていた気もする。

考えすぎるのもどうかとも思う。
過ぎたるは及ばざるがごとし。

~~~~~~~~~~~~~~~

東日本大震災での原発事故が契機となり
自制的に原発へのブレーキを掛けて
化石燃料での発電割合が増える

・EV化によるガソリン自動車の減少
・オール電化住宅の普及
自発的な選択により
電気なしには生活できない環境が広がっていく

地球温暖化、SDGsによるCO2削減の世界的な流れで
化石燃料による活動の制限を選択

コロナによる世界的な物流の停滞、
効率化を求めた国際分業体制があだとなり、
経済の停滞

ロシアとウクライナの紛争による
原油価格の上昇、
エネルギーリスクの世界的拡大


こうして見てみると
自発的に
電気による生活を選択しつつ
原発にも化石燃料にもブレーキを掛けた
矛盾する選択をしたことに
気づいていないのかもしれない

そして次に、
疫病や紛争によって
強制的にブレーキがかけられた

この先、どこに向かうのか?

国際分業が破綻による
「モノ不足」を理由に
統制された経済社会なのか

価値観を共有する信頼できる国家間での
自衛的なブロック経済社会なのか

さらに小さなエリアでの
地産地消型のスマートシティ
現代の都市国家スタイルなのか

いずれにしても、
効率化追求のスタイルが破綻して
そこから多様な進化が生まれ
それが共有されていくような流れが起きてくるだろう

統制された社会の出現は勘弁して欲しいが・・・







2022年3月28日月曜日

半病人生活 その後

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

3か所の潰瘍が見つかって、1カ月以上が経過。
最初の1週間はピロリ菌対策の抗生剤を軸に治療。
その後は、4週間の飲み薬。
 
ゲップが出るたびに、
「食道裂孔ヘルニア」であることを自覚させられる。
情けないことに、締まりがない。
 
毎日がぶ飲みしていたコーヒー・紅茶を一切やめて、
牛乳やヨーグルト、チーズなどの乳製品を摂ることが増えた。
ラーメンや辛いもの、油ものも控えるようになった。
 
朝食は食べないのが習慣になっていたが、
薬を飲むため、3度の食事を規則正しく摂るようになった。
 
水や白湯を飲むことが増えた。
 
食生活が変わると、便も変わる。
ずっと下痢気味だったのが、ほぼ治った感じ。
身体を痛めつけていたのは、自分自身だったことを実感。
 
それでも、痛みがなくなり、
胃の重さも、さほど感じなくなると、
少しずつ食べる量が戻っていく。
 
まず、噛むことがおろそかになってきた。
いい具合に減少していた体重も、戻ってきた。

食事の制限、食べたいものを食べれないのは、何気につらい。
食べ過ぎて、胃が重く感じる失敗も、何度か繰り返す。。。

「のど元過ぎれば、熱さを忘れる」
を地で行くような、ていたらく!
情けない、と感じつつも
今回のことは、とても大きな気付きをもたらしてくれた。
食生活を見直し、考える機会になったのも大きい。
 
2019年秋、
空腹時にクエン酸を摂取して胃を痛めた後から
ときどき調子が悪かった。
特に治療することもなく、放置したのが
元々の原因かもしれない

胃腸は丈夫、という過信があったことにも気づかされた。

身体は大事。
脳や意識がはっきりしていても、
食べれないと死に向かう。

4週間の服薬を終えて、再度受診。
細胞検査の結果は問題なし、とのこと。
また新たに4週間分の薬が出された。
これが終わるころに、再度内視鏡検査で確認するとのこと。

今回の病をどこまで活かせるか、
これからの食生活が問われるような気がしている。

2022年2月23日水曜日

半病人生活 夢篇(3)

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

半病人生活で、睡眠時間をたっぷりとっているせいか、

朝起きた時に夢のことを覚えていることが多くなった。


(夢の中で) 

古いお寺の境内にある氏神社にお参りに向かっている。

本堂右手の観音像があったところが土台だけになっている。

本堂に入ると、もぬけの殻、

奉納された大小の丸い人形が数体、奥の左右の棚に残っているだけ。

ご本尊も含めて何もない。


ビックリしつつも、

「あ~、かなり老朽化していたし後継者もいないお寺ということで、その宗が引き上げたのだろう」

と思いながら、氏神社はどうなっただろうか、と観音像の裏にあった社に向かう。

入り口の前には以前のように、石仏が静かに並んでいた。

「これは誰かがお祀りしないといけないなぁ」

と思っているところで目が覚めた。


地元の見知った寺社だけに、少なからずショックを受けた。

こういう近未来もありかもしれない。

が、できれば避けたい。


まったく初めてのパターンの夢、いろいろと考えさせられる。

・高齢化、過疎化、無関心の流れの中で、何百年も祀られてきた寺社が廃れていく。

・人との接点を失い、祀られた存在はどうなっていくのだろう。

・力を失い、本来あるべきところへ戻っていくのだろうか・・・

・一方で、その地で生きてきた先達たちの歩みの足跡が失われる寂莫感

・その寺社で行われてきたであろうさまざまな悲喜こもごもの人の交わり

・そうした人々がこの地に根付いて守り、命の営みを紡いてきたからこそ今がある

・温故知新の「温故」が消えていく。。。

万物流転、これもまた、この世の流れなのかもしれない。

半病人生活 足の裏(2/22)

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。


昔から冷え性で、手足の先が冷たくなって困っていたが、

ここにきて半端なく足先が冷える。


昨夜は特にひどかったので、

Webで対策を検索したら

足の指の股にあるツボが効くとのこと

さっそく、室内ブーツと靴下を脱いで、足の裏を見てビックリ!

指先が紫色を通り越して、黒くなっている。。。

血が巡っていない

こんなことになっているなんで、

まったく気づいてなかった


人間はマイクロコスモス(小宇宙)といいながら、

自分の身体のことはある程度分かっているつもりで

まったくわかってなかったことがとてもショック。

小宇宙を大切にできずに、

大宇宙を大切にできるはずがない。


もっとカラダが発するメッセージに、

耳を傾けて、大切に扱うべきだった


そんな思いで頭の中がグルグルしながらも、

足指の股のツボを刺激してみると、心持ち改善したような気がした。


そういえば、と

足裏を強く押し込んで刺激する足心術を思い出した。

幸いに、家の中に昔使っていた足心棒があったので、

30年ほど前の新書版の書籍を引っ張り出して、

布団の上に胡坐をかいて、

足の裏を揉み始めた。


左、右と片足30分ずつくらいやっていた

終わった後は、不思議なくらい足裏がポカポカで


夜寝るときには

むしろ足裏の方があったかいくらいだった。


寝つきも良く、目覚めもいい

しばらく毎日続けてみよう!


2022年2月22日火曜日

半病人生活 夢篇(2)

つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。

半病人生活で、睡眠時間をたっぷりとっているせいか、

朝起きた時に夢のことを覚えていることが多くなった。



(夢の中で)

家族での旅行途中、小中学校の親しかった友人に招かれて、

鹿児島市内の立派な「自宅」に招かれている。

(本来、縁もゆかりもないはずなのに、なぜ鹿児島なのか???)


二人で話をしながら、見せてもらった青色系のスプレーをうまく使えずにいた。

何かを修復するために、火の見えない不思議なアルコールランプで熱していたが、

そうと知らずに、手に取って持ち上げてしまった。


再度、スプレーを使うと、

今度はプッシュした状態で引っかかって液体がスプレーされ続けてしまう。

目的の半円状の白い物体には、うまくスプレーできたが、

周囲にも飛び散ってしまう。


彼がフォローしてくれるが、

迷惑をかけてしまって、何をやってもうまくいかないなぁ

と気持ちは落ち込んでしまった自分。


家というより、公共施設のような建物。

広いガラス張りで、木製テーブルがいくつもあるバーベキュー店のようなダイニングスペース。

子供たちもここで楽しそうに過ごしている。

少し見せてもらった和室は、何もないすっきりと落ち着いた広い空間

ロビーの壁際には陶器のソファとテーブル、

向かいにトイレスペース、

ロビーのコーナーにある枯山水をさらにおしゃれにデザインした室内装飾に目を見張る。

外部の人も訪れる公共施設のような感覚。


ここ10年で、こんなに大きな違いができたことに、自分自身の無力さを感じている。


ーーーー

目が覚めて、この感情の奥に何があるのか?

この世の持てる持たざるは、あまり意味がないが、

無力さを感じる背景に、何も実現できていない自分への焦りや、

周囲からの評価を求める思いがあるのかもしれない


機会はつながりの中から生まれる

つながりから信頼が芽生えていくと、そこから新たなものが生まれる


何か目覚めた後もずっと考えさせられる夢だった。。。

矛盾した潜在意識/苦しみや悲しみに寄り添う

 つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。 今朝は朝から天気が良かったので、大きな神社まで約3Kmの早朝散歩。 歩きながら、そして立ち止まって、いろいろなことに想いが巡った。 ●矛盾した前提を抱える「私」 自分の中にある暗黙の前提に意識を向けてみると、いろ...