2021年5月22日土曜日

罪のないものが石を投げよ

つながりと関わりの中に
生かして頂いてありがとうございます
 
横になってカラダを休める
かすかに動く意識の流れの中で
最も気になっている悩みについての
様々なヒントが流れていく
それを眺める自分
 
どんな人に接する時も
「あなたの味方でありたい」
「あなたのことを理解したい」
という思いを持って
接することのできる自分でありたい

 
悪いことをして弁明する人に対しても?
責任を負わずに、周囲のせいにしてしまう人に対しても?
周りに迷惑をかけて平然としている人に対しても?

 
自問の声が沸き上がる
 
そんな人に対して
私はどのような立ち位置で関わるか?
断罪する人?
ジャッジする人?
慈愛を持って見守る人?
 
「あなたがたの中で罪のない者が、
まずこの女に石を投げつけるがよい」
(口語訳聖書 ヨハネ 8:7)

 
聖書のこの句が浮かんできた
 
罪は罪
それを許す立場でも
裁く立場でもないが
次からそうしないように
更改してもらえれば
それが良い
 
慈愛を持って包み込むように見守る人でありたい

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