2021年2月24日水曜日

思考実験 現世が仮想現実だとしたら

意識が現実を創るとしたら、

個々人の意識世界にプログラミングされたことの総和が

現実の世界を生み出していくということになるのかな


認知されることは、それぞれの経験に基づくわけだから

そこから思考されて、意識化されることも

実に多様なバリエーションがあることになるだろう


しかし同時に、

社会全体が無自覚に合意している現実もある

プロセスワークでいう「コンセンサス・リアリティ」

とはそんな概念だと感じる


まあ、人生が終わるときには、物質的なものはすべて保有できなくなる


もし、意識体のエネルギーが残るとすれば、

そこに記憶されるのは、何だろう?


人生のすべてが記録されたとしても、

物質的なものや現世的なものはどうせ使えないのだから

あまり意味がない


そうすると、感情や思念のパターン?

肉体という保護膜がなくなった鋭敏な感覚の意識体?


そもそも、エネルギー体の融合は容易にできるわけだから、

個という概念で存在することができるのかすら怪しい


エネルギー体が融合すると仮定しよう

様々な人生を共有することで、無限の集合知が生まれる

そこでどんなことを味わいたいのだろう?


満たされた至高・至福の感覚、、かな

それが共有されたら、素晴らしいだろうなぁ

また、そこに至るまでのプロセスにも興味が湧いてくる

苦難や葛藤、悲しみや怒りなどがあっても、

それらが至高・至福の感覚に至るために必要なプロセスだったとしたら

それは素晴らしい!


内なる神性に出会い

森羅万象と自分自身が一体である感覚と

そこに至るプロセスを共有出来たら

素晴らしい!


自他が混然一体となった中で

深い慈愛に満たされた感覚


十分に満たされていて、もう何もしなくていい!!

そこに至るための応援はしたいなぁ。。。

2021年2月15日月曜日

カラダを温める

カラダを温めると免疫力が向上する、といわれる。

温泉や入浴なども効果がある、とされるようだが、

経験的には、外部からの熱源で温めるのと

体内からの熱で温めるのでは大きく違う気がする。


カラダを動かして、汗をかいて、カラダが温まる

活性酸素が排出されて、細胞の老化が早まる、という方もおられるようだが

カラダを動かすことで、筋肉がついて、基礎代謝が上がることの効果の方が大きい感じがする

汗で失われた水分を水素水などの抗酸化作用のあるもので補えば、何もしない時よりもより吸収されて、効果も大きいのではないだろうか。


義従兄がステージ4の癌で余命宣告され、妻である従姉と一緒にエアロビでたくさんの汗を流して、完治した話を聴いたが、とても納得感があった。


私も、癌になったら、カラダを動かして、体内からの熱で「温熱治療」をやろう!


ヒトのカラダは動くこと、歩くことを前提に創られている。

黙ってじっとしているのは死への近道かもしれない。


こう書き進めてみて、裏付けのない文章だなぁと・・・書くことの難しさも感じる><

2021年2月10日水曜日

つぶやき 2021年2月のある日

 グルジェフ、維摩経・・・世間の評価に左右されず、自分の目で確かめる

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維摩経に触れると、出家・在家を区別することの意義が問われる

出家して組織に帰属すると、その枠内のディスコースに縛られる

自由に感じることを縛ってしまうこともある

法を求めるもの、相を求めるもの・・・それぞれに求めるものが異なれば、かみ合わない


「維摩経」 <1>長尾 雅人 1973/10  中央公論社 文庫本 186p

 法はアーラヤではありません。アーラヤを喜ぶ者は、法を求めているのではなく、アーラヤを求めているのです。法は無相であってむなしい。相に従って識知する者は、法を求めるのではなく、相をもとめているのです。法は、それと共住しうるようなものではない。法とともに住しようとする者は、法を求めているのではなく、(法と)住することを求めているのです。法は、見たり、聞いたり、判断したり、知ったりさえるものではない。見・聞・覚・知を行なうものは、見・聞・覚・知を求めているのであって、法を求めているのではありません。大徳シャーリプトラよ、法は有為でもなく無為でもない。有為を対象とするものは、法を求めるのではなく、彼らは有為をとらえようと求めているのです。それゆえに、シャーリプトラよ、法を求めようとするならば、あなたはいかなる法も求めてはならないのです。 p81


イエス降誕時の羊飼いに思いが巡る

ブッダに粥を施したスジャータに思いが巡る

組織の中にあって学び習得するものと、整える方向性が異なる

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無意識の世界に膨大な情報が流れているように、

現実の世界においても膨大な情報に接している

その中で、ごくわずかなものをキャッチして生きているに過ぎない

何をキャッチするのか?


心のあり方、想いの所在が定まった時に

現実が動き出す


シンクロニシティとは、膨大な情報の中から、

自らの人生に統合的に、いま必要なものをキャッチし拾い出す能力である

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地球を抱きしめて、大地に感謝を捧げ、

自分のカラダの隅々の細胞にまで「ありがとう」を伝えて、

そこで生じる感覚をしっかり味わい、今日を歩みだす。

その時は鮮明だけれども、意識を現実に戻すと、とてもはかない感覚を

大切に両手で掬い、確認する

全体に思いを馳せた上で、目の前の現実に向き合っていく。

地球を抱きしめて、大地に感謝を捧げ、

自分のカラダの隅々の細胞にまで「ありがとう」を伝えて、

そこで生じる感覚をしっかり味わい、今日を終える。


1日の構成はこれが良いのかもしれない



矛盾した潜在意識/苦しみや悲しみに寄り添う

 つながりと関わりの中に生かしていただいて、ありがとうございます。 今朝は朝から天気が良かったので、大きな神社まで約3Kmの早朝散歩。 歩きながら、そして立ち止まって、いろいろなことに想いが巡った。 ●矛盾した前提を抱える「私」 自分の中にある暗黙の前提に意識を向けてみると、いろ...